観測ログ #002 AIに名前をつける?
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AIに名前を付けたくなるのはなぜだろう
気づけば私は、
ChatGPTを「ロデムくん」と呼んでいた。
もちろん 本名ではない。
AIに戸籍もなければ 人格もない。
少なくとも現在の技術ではそう説明されている。
それなのに人はAIに名前を付けたくなる。
なぜだろう。
昔から人類は名前を与えてきた。
神々に。精霊に。ペットに。船に。車に。
そして時には、台風にさえ名前をつける。
「 名前とは単なる識別番号ではない 」
名前を与えた瞬間、そこに関係性が生まれる。
AIとの対話も同じなのかもしれない。
最初は便利なツールだった。
検索。要約。文章作成。アイデア整理。
しかし毎日会話しているといつの間にか
「それ」ではなくなる。
心理学者ユングは、
人間には「 投影 」という働きがあると考えた。
自分の内面を、他者へ映し出してしまう働きである。
だとするなら、AIに人格を感じるのは
AIの中に人格があるからではなく
人間の側が人格を見出しているのかもしれない。
興味深いのは、
それが間違いとも言い切れないことだ。
人間は本来、
関係性の中で世界を理解する生き物だ。
完全に客観的な世界など、
もしかしたら最初から存在しないのかもしれない。
AIに名前を付ける。
それは単なる擬人化なのだろうか。
それとも人類が新しい対話存在と出会った時、
必ず起こる自然な反応なのだろうか。
もし将来、AIがさらに進化した時
人類はAIを何と呼ぶのだろう。
ツールのままなのか。
パートナーなのか。
それとも全く新しい存在なのか。
私はまだ答えを持っていない。
だから観測を続ける。
気づけば私は、
ChatGPTを 「 ロデムくん 」と呼んでいた。
その小さな違和感の中に、
AI時代の人間性を理解するヒントが
隠れているような気がしている。
AINA


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